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梅護寺(ばいごじ)

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印刷用ページを表示する 掲載日:2016年7月19日更新

梅護寺の概要

 承元元年(1207年)、承元の法難で越後へ配流となった親鸞が蒲原郡白川庄小島の里へ念仏布教伝導のため滞在しました。そのおり京都より落人して世をしのんでいた廣橋忠則が、親鸞の真弟子となり、蓮位房釈龍運の法名をもらい開基となりました。寺には親鸞滞在の際の真筆と伝えられる「九字の御名号」などが大切に保管されています。

越後七不思議

 浄土真宗の開祖・親鸞が越後を訪れた際、数々の奇跡・伝説を残したと言われ、それが現在でも「越後七不思議」として県内各地で語り継がれています。阿賀野市内には、この越後七不思議のうちの3つが存在します。

珠数掛けザクラ(じゅずかけざくら)

親鸞聖人伝説が残る木

 4月下旬から5月上旬ごろに、満開の花が小島の地に春色を演出する「梅護寺の珠数掛ザクラ」です。
 この桜の花は一様に紅色で、花びらは約80枚あり、花房が数珠のようにうつむいて垂れ下がって咲く特徴があります。 また、その由来は鎌倉時代にさかのぼり、親鸞聖人が残した植物関連の伝説の中の一つとなっています。
 親鸞聖人が越後の国に流罪となった際、梅護寺付近に滞在し、その後、他の地へ向かうときに、手に持っていた数珠を桜に掛け、「私の教えに誤りがなければ、この桜は数珠のようになるだろう。」と言われ、その桜は親鸞聖人の言葉どおり、数珠のような花房を付けるようになったと言い伝えられるています。
 昭和2年4月8日に国の天然記念物に指定されました。

12本の後継樹

 平成14年、指定樹が「ならたけ病」に感染。数年にわたる治療の努力もむくわれず、その長きにわたる一生を終えました。一方、治療とともに取り組んだのが組織培養による後継樹の増殖でした。培養は見事成功し、平成18年度および19年度には正式後継樹2本を含む12本を梅護寺に移植しました。
 その後は、地元ボランティア「珠数掛ザクラを守る会」の皆さんの献身的な保護管理もあって、順調に成長しています。満開に咲き誇る伝説の桜、タイミングを逃さず、そのかれんな表情をご堪能ください。

「じゅず」は普通「数珠」と書きますが、「珠数」を用います。

じゅずかけざくら

八房の梅(やつふさのうめ)

 一つの花に八つの実を結ぶという珍しい梅です。親鸞が梅干しの種を庭に植えて歌を詠んだところ、翌年芽が出て、枝葉が茂り、薄紅色の八重の桜が咲き、実が八つできるようになったといわれています。

場所